プライDの墓場

苦しむ新留年生の自分語り。戯言。闇。無害ではない。購読非推奨。見たい人だけ見てください。

ポケットの中の相棒

特別お題「おもいでのケータイ」

ということなので。docomo使っている身だけど良いんですかねこれ。とりあえず歴史と思い出を

 

Docomo F-905i(ホワイト)

2008年5月〜2011年6月

 

とりあえず携帯持ち始めたのは2008年の5月、中2の春でしたね。姉もその位から持っていたのでまあ自然と。仙台のヨドバシカメラで買ったのを覚えています。

友達や当時付き合ってた彼女、その後も好きだった女の子とメールしたり。中学生の頃のメールは本当に小っ恥ずかしい内容で絵文字もたっぷりで本当に気持ち悪くて一生見たくないですね。当時の写真入っているSDも実家のどこかにあるはずだけどそれすらも見返したくない… この当時は実家が厳しくてパケホーダイではなくとても辛い思いをしましたね。

しかし2011年の3月に例のアレがあって情報を仕入れるのが大変だったということで姉含め親に大ブーイング。そしてこれがこの後新しいケータイへと変えるキッカケに。

 

 

Xperia acro SO-02c(ブルー)

2011年7月〜2014年7月

 

念願のスマートフォンとパケホへの移行。当時の友達の中ではスマートフォン持ち始めたのかなり早い方だったのかもしれません。本当はiPhoneにしたかったけどDocomoはこの頃まだiPhone販売しておらず断念… 不自由なく使ってはいましたが1年後まさかのOS互換切り。たった1年でOSの互換切られてしまったのは本当にショックでしたね。そのせいでスクフェスとかオタクゲームアプリが出来ず非常に歯痒い思いをしました。

独自のTwitterクライアントやヴィジェットなど便利な機能はあるもののプリインストールされている余分なアプリが消せない、容量の少なさに嫌気が差し次第にiPhoneへの思いが強くなる中2013年の春に進学で仙台から上京。この頃からメールは全く使わなくなり連絡もLINEがメインに。中学の頃からLINEとかあったら便利だったのになーと思いつつもメールのあのワクワク感も嫌いではなかったり。

そして2014年の7月にサッカー観戦に柏に行ったらゲリラ豪雨Xperiaが水没。LINEのバックアップもしておらずデータ全滅。タッチパネルが効かなくなり翌日山梨のLiSAのライブで高尾駅で待ち合わせの時に友達からの電話に奇跡的に液晶連打で反応しこれが最後の仕事に。

 

iPhone 5s(スペースグレー)

2014年8月〜現在に至る

携帯電話に関してあれだけ厳しかった両親がやっとFOMAのケータイからiPhoneに変更。その流れで運良く姉と自分も同時にiPhoneに変更し家族全員iPhoneに。圧倒的な容量とプリインストールされているアプリを自由に削除出来たのには感動しました。写真も撮りやすくなって良いことばかりと思いきや翌年の秋に友達と学校帰りにコンビニ寄ったら床に落として液晶破壊して本体交換になりましたね…ということで同じ機種ですが現在4代目の携帯電話を使っていることになりますね。そろそろ3年だし機種変えたい欲もあるけどiOSも問題無く対応しているし5s持ちやすいので今の所はまだ無さそうです。

 

まあこんな感じでしょうか。使いやすさではiPhone、青春時代を共にしたのがandroid、一番思い入れあるのがガラケーですかね。生活には欠かせない携帯電話、僕にとっての携帯電話はポケットの中で寝ていて僕の歴史を彩っていつも近くで色んな場面で戦ってくれた最高の相棒だと思います。

 

 

 

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